読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

将棋の歴史について

将棋が好きだ。

と言うと高確率で「強いの?」と訊かれるので「友人とやればあまり負けません。」と無難な回答をする。先日、とある会社の社長とお話させていただく際に、同じようなシチュエーションがあった。冬の寒さがより一層厳しくなってきた1月のことである。なにやら、その社長の御友人にも将棋を嗜む方がいるらしく「そいつと戦わせたい。」とのことらしかった。

ここでぼくは妙な焦りを感じる。ぼくの将棋のレベルをなるべく分かりやすく表すと「詳しい戦術は知らないけれど、先読みをしてなんとか勝つ」程度のものである。

居飛車」とか「棒銀」とか名前は聞いたことはあるが、いざやってみなさいと言われても困ってしまう。もし社長の御友人との一局が実現した場合、こんなレベルで戦場に赴くには少々気が引ける。ということで、あれこれ将棋についての情報をインターネットで探してみた。

しかし、インターネットとは恐ろしいもので、戦術を学ぼうとしていたはずが、いつの間にか将棋の歴史について調べていた。なにやら、将棋のツールになったのは古代インドの「チャトランガ」と呼ばれるボードゲームらしい。それが中国に伝わり、中国から日本に伝わった、という話もあるが、いつ・どのように伝わってきたのか、今の日本将棋はいつ頃完成したのかなど、詳しいことは未だに分かっていないそうだ。

そんなことを「へぇ。オモシロいなぁ。」などと思いながらボケーッと見ていると、どうやら日本将棋の一番の特徴は"相手の駒を自分の持ち駒にできる"ということらしかった。

チェスにもチャトランガにも、相手の駒を自分の戦力として利用できるシステムはなく、日本将棋の戦術の複雑性はこのシステムが生み出したものらしい。

たしかに改めて考えてみると、先ほどまで敵だった兵隊を自分の好きなように使えるというこのシステムは特殊かもしれない。一種の寝取りプレイだとするならば、その性癖の特殊性と通ずる部分がある。

*5分間だけ執筆チャレンジなのでここで終わり*