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こびりつく言葉の呪いについて

ある日、静岡に住むホームレスみたいな格好をした友人と箱根にドライブをしに行った。友人はベテランホームレスのような格好をしているので、服も汚ければ、髪も長い。ストレートの長髪はまだ許せるが、天パである。天パで髪が長いことはそのまま不潔に直結する。

そんな友人と旅の休憩がてらに寄ったコンビニ店内は、ちょうど正月ムードが終わろうとしているのか、埃をかぶった鏡餅がそこら中にぐでんと転がっていた。コンビニで友人はカレーまんを、僕はハイチュウを購入した。

 

不潔街道を驀進する友人とコンビニの前で煙草を吸いながら、カレーまんとハイチュウをそれぞれ食べる。男同士の会話にたいした話題が存在しないことは言うまでもないが、せっかくの箱根旅行である。旅のお供に会話に華でも咲かせようかと思い、ふと友人の方へ目をやると、髪の毛にべったりとカレーまんのカレーが付着していた。

荒波のようなにうねるきったない長髪に、カレーが付いているというのは何とも形容しがたい不潔感がある。卵にマヨネーズをかけて食べることを「卵に卵かけてどうすんのよ。」と罵倒する人がいるが、この場合は「不潔に不潔をかけてどうすんのよ。洗いなさいよ。」と罵ってやりたい気持ちだった。

 

だが待とう。後出しのようになってしまってすまないが、彼はここ数週間、休むことなく馬車馬のように働き、自分の身なりを気にする余裕がないほどに心身を疲弊させていた。やっとこさできた休日という貴重な時間を、僕との箱根旅行にあててくれる優しいやつである。ここは慎重に言葉を選び、彼の自尊心を傷つけることなく髪の毛にカレーが付いていることを指摘せねば友人失格だろうが。

 

そんな僕が頭を1万2000回転させて発した言葉は「お前、頭にウンコカス付いてるよ。」だった。しまったと思った。

 

友人が足元から崩れ落ちるようにして、倒れこんだのも無理はあるまい。

「お前、ウンコカスはないだろう。」と友人は言った。

「ティッシュ。とって。」

急いで僕は車へ行き、モイスチャーティッシュを彼の元に届けた。

 

それから数日、ことあるごとに彼は「ねぇ、俺の頭にウンコカス付いてない?」と悲しげなメッセージを僕に送ってくる。言霊の力とは恐ろしく、何気なく発した言葉が相手に深く突き刺さり、心にこびりつく呪いのようになってしまう。彼はもう暫くウンコカスという呪縛から解き放たれることはなく、僕もまたその呪縛の餌食となってしまっているのだろう。

 

こうした言葉による呪いは、忘れているようでふとした瞬間に顔を出す厄介な性質を持つ。何でこんな言葉覚えているんだろう、ということがある方も多いかと思う。Perfume風に言わせていただくならば「何年も忘れてたことが、何かの拍子、急に思い出す。」である。

 

こうした言葉による呪いは、言葉でしか解くことはできないのかもしれない。ちなみに僕が今でも思い出す言葉の呪いは「お前の耳たぶでかすぎるだろ。」です。その度サッと耳に手を触れる。