吹けば飛ぶような大和魂について

【いきなり外国人に、日本語で話しかけられても、人は英語で返してしまう説。】

唐突な文章で始まってしまい申し訳ない。しかも太字で表示されているものだから余計に驚かれたことと思う。けれども聞いてほしい。

僕ら日本人は時々、外国人観光客に話しかけられることがある。ありがたい話である。遠い海の向こうからはるばるこんな島国へと足を運んでくれているのだから、無論歓迎したい。しかし、どういうわけか相手方が日本語で話しかけてきてくれるにもかかわらず、英語で返そうとしてしまう時がある。 これはなんともしがたい問題である。

大学時代、同じサークルの仲間たちで卒業旅行へ行こうという話になった。行き先はセブ島。恥ずかしながら、人生で初めての海外旅行であった。現地のホテルに到着した際、照りつける暑い日差しをよそに、ホテルマンはニコニコしながら荷物を部屋まで運んでくれた。部屋に行くまでの途中、なんの世間話もないのではつまらないのかと気を回した彼は、ペラペラと英語で話しかけてくる。

大学受験以来、英語と触れ合ってこなかった僕には、彼が何をしゃべっているのかサッパリ分からなかった。

けれども我々は日本語で対応することなく、必死に辞書とケータイを駆使して、なんとか不格好な英語で対応した。「Please speak slowly…」と「One more please…」にはよくお世話になった。

以上のように私たち日本人は、海外旅行に行った際に慣れないながらもその国の言葉を使う。郷に入っては郷に従う。反対に海外から日本に来る人々も当然日本語を使ってどうにかコミュニケーションを試みる。(たまに徹底して自分の国の言葉しか使わない方もいるが、今回は説明を省く。)その国で使われている言葉でもって、現地の人々と心を通わす。これが未知の国へと訪れる醍醐味のひとつだろう。

ここで本題に戻る。

私たち日本人は観光にきた外国人に日本語で話しかけられても、どうしてか英語で返答してしまうことがないか。

「ない。消え去れ。」という方は日本橋にあるかつお節の老舗「にんべん」の商品リストでも眺めて、健康的な食生活でも目指してほしい。

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日本語で話しかけられているのに、英語で返そうとする。

こんな経験をしたことがある人は、僕を含めて吹けば飛ぶような貧弱な大和魂しか持ち合わせていない。「すみません。こんなへんぴな島国にわざわざ足を運んでもらって。。。」という卑屈で根暗な精神が心の奥底に粘着している。

外国人に対して、過剰なまでに敗北意識を持っているのだ。

日本人は勤勉だとよく言われる。しかし、これは勤勉であることでしか、勝機を見出せないことを意味している。生まれ持ったセンスや才能においては負けを認めている精神性がここに表れている。

これではいかん。

日本を愛しているなら。 日本人としての誇りを持っているなら。 熱き大和魂を胸に刻んでいるのなら。

せめて、日本語で話しかけてくる外国人に対しては、堂々と日本語で対応しなければならない。

この文章を書いていて、思い出したことがある。

「海外の人に『友達になろう。』って英語で言う時は『Join us』でいいの?」と帰国子女の友人に聞いた際、ひどく笑われたのだ。

屈辱的だった。二度と英語は学ぶまいと心に誓った。